岐阜薬科大学

 近年の高齢化や食の欧米化を背景に、前立腺がん患者数は増加しています。前立腺がんの治療にはホルモン療法が用いられますが、ホルモン療法の長期継続によって高頻度で抵抗性を獲得し、治療が困難な去勢抵抗性前立腺がん (CRPC) へと移行してしまいます。最近、CRPC治療薬としてCYP17A1阻害剤アビラテロンと数種のアンドロゲン受容体 (AR) アンタゴニストが承認されましたが、これらの薬剤に対しても容易に耐性化が起こるため、新たな治療標的の探索と新規治療薬の開発が望まれています。
 本研究では、前立腺がん細胞の増殖に関わるアンドロゲンの合成に加えて、抗がん剤によって生じる酸化ストレスの軽減にも関与するアルドケト還元酵素AKR1C3を標的とし、X線結晶構造解析とインシリコ分子モデリングを活用した論理的創薬アプローチによってAKR1C3の強力かつ特異的な阻害剤を創製し、その前立腺がん治療における有用性を調べました。(図13の一部はJournal of Medicinal Chemistryの論文中のFigureを改変の上転載)

 AKR1C3-NADP-2j複合体の共結晶構造解析の結果、2jはAKR1C3の活性部位ポケットに位置し、触媒反応において重要なアミノ酸残基であるTyr55とHis117 と水素結合を形成していました(図1)。また、結晶水を介したSer129との水素結合ネットワークも確認されました。分子モデリングでは水分子の影響を理解することは難しいため、今回、X線結晶構造解析から得られた構造情報は、今後のAKR1C3阻害剤の開発において重要な知見になると期待されます。

01.jpg
図1. AKR1C3-NADP+-2j複合体のX線結晶構造
(A) 全体構造、(B) 水分子を介した水素結合ネットワーク、(C) 電子密度 (2Fo-Fcマップ)


 強力なアンドロゲンであるテストステロンと5α-ジヒドロテストステロンはコレステロールからプレグネノロンを経て生成されます。AKR1C317β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素活性によってテストステロンと5α-ジヒドロテストステロンの生成を触媒することから、プレグネノロン誘導性アンドロゲンシグナルにおけるAKR1C3阻害剤2jの効果を検証しました(図2)。既存の前立腺がん治療薬フルタミド(Flu)、アビラテロン(Ab)、エンザルタミド(En)と同様に、2jはプレグネノロンによって誘導された前立腺がん細胞の増殖能を有意に抑制しました(図2A)。また、2jは免疫不全マウスに前立腺がん22Rv1細胞を移植したマウスゼノグラフトモデルにおいて有意な抗腫瘍効果を示しました(図2B)。阻害剤2jを腹腔内投与したマウスにおいて腫瘍組織内では細胞死が認められた一方で、肺、肝臓、腎臓では組織学的な異常は認められず、一定の安全性が確認されました(図2C)。

02.png
図2. 新規AKR1C3阻害剤2jは前立腺がん細胞に対して抗腫瘍効果を示す


 次に、22Rv1細胞を用いて、AKR1C3阻害剤2jと既存CRPC治療薬アビラテロン(Ab)との併用効果を検討しました。単剤ではほとんど細胞死を誘導しない濃度の両薬剤を併用することによって、アポトーシスの指標である切断型カスパーゼCの蛍光強度は顕著に増大しました。また、エンザルタミドに対しても同様の結果が得られました。したがって、AKR1C3阻害剤を併用することでCRPC治療薬の抗癌活性の増強が可能であることが示されました。

03.png
図3. 新規AKR1C3阻害剤2jはアビラテロン感受性を増大させる


 本研究では、論理的創薬アプローチによって強力なAKR1C3阻害剤の創製に成功し、その前立腺がん治療薬としての有用性を提唱することができました。

 本研究成果は、富山大学、名古屋大学、東京医科歯科大学、昭和大学、産業医科大学との共同研究によるもので、岐阜薬科大学生化学研究室の小栗 弘成氏、河合 弥菜氏、瀬川 仁氏、遠藤 智史准教授、松永 俊之教授(現:グリーンファーマシー教育推進センター)、五十里 彰教授らにより国際学術誌「Journal of Medicinal Chemistry」に掲載されました。
 また、日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究(C)、日本医療研究開発機構(AMED)「橋渡し研究加速ネットワークプログラム」 橋渡し研究(シーズA)などの支援の下でおこなわれたものです。

04.png
図4. 研究を実施した岐阜薬科大学生化学研究室の学生
【左、中】大学院国际足球_欧洲冠军联赛-博豪联盟課程学生の小栗 弘成氏
(岐阜薬科大学成長支援助成金の支援の下、ドイツ ウルム大学で実験している様子)
【右】大学院国际足球_欧洲冠军联赛-博豪联盟課程学生の河合 弥菜氏と薬学科学生の瀬川 仁氏


本研究成果のポイント

- X線結晶構造解析とインシリコ分子モデリングを用いてAKR1C3の強力かつ特異的な阻害剤の創製に成功しました。

- 新規AKR1C3阻害剤は前立腺がん細胞に対して抗腫瘍効果を示し、去勢抵抗性前立腺がん治療薬の抗がん活性を有意に増強しました。

論文情報

  • 雑誌名:Journal of Medicinal Chemistry
  • 論文名

    Development of Novel AKR1C3 Inhibitors as New Potential Treatment for Castration-Resistant Prostate Cancer.

  • 著者:Satoshi Endo, Hiroaki Oguri, Jin Segawa, Mina Kawai, Dawei Hu, Shuang Xia, Takuya Okada, Katsumasa Irie, Shinya Fujii, Hiroaki Gouda, Kazuhiro Iguchi, Takuo Matsukawa, Naohiro Fujimoto, Toshiyuki Nakayama, Naoki Toyooka, Toshiyuki Matsunaga and Akira Ikari
  • DOI番号10.1021/acs.jmedchem.0c00939

研究室HP

https://www.gifu-pu.ac.jp/lab/seika/