岐阜薬科大学

研究の背景

マグネシウム(Mg)は細胞内で2番目に多い陽イオンであり、ATPを利用する数百種類の酵素の補助因子として不可欠なイオンです。Mgを肌に塗布することでバリア機能が回復することや、Mgを豊富に含有する海水に浸ることで皮膚の炎症が改善することなどが報告されています。また、遺伝性の皮膚疾患にマグネシウムトランスポーターの関与が報告されており、皮膚バリア機能の維持においてMgは重要な役割を果たすと考えられます。しかし、Mgの作用メカニズムは大部分が不明です。今回、皮膚表皮細胞のバリア調節因子に着目し、Mgの機能解析を行いました。

研究成果の概要

研究グループは、HaCaT細胞に高濃度Mg(5 mM)を添加することにより、遺伝子発現がどのように変化するのか調べました。その結果、発現量が増加する遺伝子を45種類、低下する遺伝子を13種類同定しました。発現量が増加した遺伝子には、ポリアミンの産生に関わる2種類の酵素が含まれていました(表1)。タンパク質レベルでもポリアミン産生酵素(SRM、AMD1)の発現量が増加しました(図1)。また、ヒトの表皮由来NHEK細胞でも同様の効果が見られたため、Mgはポリアミン産生の調節に関与することが示されました。

表1 高濃度Mg処理により発現変化した遺伝子

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図1 高濃度Mgによるポリアミン産生に関与する酵素発現の増加

次にPolyamineREDというポリアミンの蛍光マーカーを用いて、ポリアミン産生量を比較しました。高濃度Mgで処理した細胞では、Mgの濃度に依存してポリアミンの産生量が増加しました(図2)。つまり、高濃度Mgによって発現したポリアミン産生酵素は、ポリアミンの産生を促進することが示されました。

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図2 高濃度Mgによるポリアミン産生の増加

高濃度Mgはポリアミン産生を増加させることが明らかになったため、その作用メカニズムを検討しました。細胞内シグナル伝達因子の阻害剤を用いた解析により、MgはMEK/GSK3/CREB経路を活性化し、ポリアミン産生酵素の転写活性を増加させることが示唆されました(図3)。

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図3 ポリアミン産生遺伝子の発現に対するMEK、GSK3、CREB阻害剤の効果

最後に、表皮細胞の紫外線障害や酸化ストレス障害に対するポリアミンの効果を検討しました。その結果、UVBや過酸化水素処理による細胞障害が、高濃度Mgの前処理により軽減することが明らかになりました(図4)。また、高濃度Mgによる細胞障害の改善効果は、ポリアミン産生酵素の阻害剤処理により抑制されました。ポリアミンは紫外線吸収作用や抗酸化作用をもつことが報告されています。そのため、高濃度Mgによって誘導されるポリアミンは、表皮細胞の紫外線障害や酸化ストレス障害に対して保護作用をもつことが示唆されました。

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図4 紫外線?酸化ストレス障害に対する高濃度Mgの改善効果

研究グループは、表皮細胞に高濃度Mgを処理すると、MEK/GSK3/CREB経路の活性化を介してポリアミン産生を増加させることを発見しました。さらに、ポリアミンは表皮細胞の紫外線障害や酸化ストレス障害に対して保護的に働くことが初めて明らかになりました。
本研究によって、「皮膚バリア機能の維持におけるMgの関与とメカニズム」の一端が明らかになりました。皮膚バリア機能の維持に関わる高分子のヒアルロン酸やコラーゲンなどは皮膚の内部へ浸透しにくいですが、Mgイオンならば比較的容易に浸透します。今後、Mgに秘められた多彩な機能が明らかになり、医薬品や化粧品としての利用拡大に繋がることが期待されます。

本研究は株式会社資生堂の後藤真紀子研究員、勝田雄治研究員、岐阜薬科大学生命薬学大講座生化学研究室の吉野雄太助教、丸中歌菜(2019年度国际足球_欧洲冠军联赛-博豪联盟課程修了)小林真緒(2020年度国际足球_欧洲冠军联赛-博豪联盟卒)、周暁鵠(2021年度国际足球_欧洲冠军联赛-博豪联盟卒)、五十里彰教授らによって実施され、『Cells』に掲載されました。

本研究のポイント

  • 肌バリア機能の維持におけるマグネシウムのメカニズムが明らかになった。
  • マグネシウムによって産生されたポリアミンは、紫外線や酸化ストレス障害に対して保護作用をもつことが示された。
  • 医薬品や化粧品としての新たなマグネシウム製品の開発と治療拡大が期待されます。

論文情報

  • 雑誌名:Cells
  • 論文名:Magnesium Supplementation Attenuates Ultraviolet-B-Induced Damage Mediated through Elevation of Polyamine Production in Human HaCaT Keratinocytes
  • 著者:Shokoku Shu, Mao Kobayashi, Kana Marunaka, Yuta Yoshino, Makiko Goto, Yuji Katsuta, Akira Ikari
  • 巻号年:11巻、15号、2022年
  • ページ:2268
  • DOI番号:35892565
  • URLhttps://doi.org/10.3390/cells11152268